chanchamの日記

主に短編小説を書く授業で提出した課題を公開しています。

グリコ

令和最初の夏はグリコをしていた。

「グーリーコ!」

8月の早朝5時にまっすぐな一本道に響く声の主は、子供ではなく21歳の女子たちだ。

 

元号が変わっても、学年が変わっても、季節が変わっても、仕事を変えても、住む場所を変えても、私たちは相手を変えたり変えなかったりしながら、何度でも恋愛で涙を流していた。

空き缶とお菓子のごみが転がったワンルームの新居は、住み始めて一か月で一番居心地が良いと感じていた。引っ越し祝いと称して、高校からの友達で真面目という言葉が一番似合うくらい真面目そうな見た目なのに、お酒もたばこも大好きなまーちゃんと、長い金髪ととがった長い爪が特徴的だけど、人一倍人見知りで引っ込み思案なみゆと私の3人で昨晩から私の部屋で飲み明かしている。日付はとっくに変わり、夜より朝のほうが近いくらいなのに、眠そうなそぶり一つ見せずにただだらだらと会話をしたり、スマホをいじったりしていた。

「結局令和になって起こったこと悪いことばっかりじゃん」

ベランダでたばこを吸っていたまーちゃんがそう言いながら缶酎ハイを傾けて、ぴちゃぴちゃと音を立てている。きっと中身はもう空に近いのだろう。いつになくお酒の勢いがあるのは、さっき泣きながら話していた、去年からずっと好きだった人に恋人がいて、婚約すると先月聞かされたことが原因だろう。

「おなかすいた。なんかない?」

そういって冷蔵庫を見ているのはみゆで、相も変わらず“彼氏ではない人”と仲良くやっているようだ。“彼氏ではない”なりに悩むことも多いみたいだけど。本人はそれでいいとさっき言っていた。

「何もないよ。コンビニ行く?」

提案した私は、一か月前この部屋に引っ越してきたこの部屋の家主だ。理由は単純で、5月に2年付き合った恋人と別れて、彼が何度も来た家で暮らすのがつらくなったからだった。部屋を変えたところで記憶が変わるわけではなかったけど、気持ちは幾分か楽になった気がしていた。しかし、みんなが来て夜中にお酒を飲みながら泣いてしまった。どんなに忘れようとしても、彼との思い出がいつまでも消えてくれないのだ。

「行こう。ついでに朝日とか見えそうじゃない?」

朝日に期待するように声を弾ませて、たばこの火を消してまーちゃんが室内に入るのを合図に私たちは立ち上がって財布を手にしたり、部屋着から外に出られそうな格好に着替えたりした。そして各々の目的、まーちゃんはお酒を買いに、みゆは食べ物を買いに、私はまあアイスでも買おうかなと思案しながら、コンビニに向かおうために部屋を出た。まーちゃんが期待していた朝日は雲が厚くて見えなかったけど、カーテンを閉めていて気づけなかった8月の5時というのは意外と明るいし夏といえども涼しかった。

「なんか羽織ればよかった」

ノースリーブのワンピースのみゆは肌寒そうに、腕をこすっている。

「コンビニまでグリコでいこう。負けのおごりね!」

酔っぱらっているまーちゃんの突拍子もない提案に、えーとかいま?とかも文句を言いつつ、すでに私もみゆも手をグーにしている。「ぐーりーこ」と声を合わせてじゃんけんをして、1センチでも進もうと3人とも大股で飛び跳ねながら進んでいく。みゆがチョキを出すと、遠くからでもとがった爪が見えて負けているのに強そうに見えて、3人で大声をだして何度も笑っていた。成人女性が大声を出しながら、大股で飛び跳ねていく

光景はおそらく滑稽だし、早い時間で通行人がいなくてよかったと思う。

抜かしたり抜かされたりを繰り返して、普通に歩けば10分かからない道のりを20分かけて、結局一番にコンビニに着いたのはみゆで、ビリはいいだしっぺのまーちゃんだった。

「もう最悪!言わなきゃよかった!」

缶酎ハイと冷凍のパスタとアイスが入ったコンビニ袋をぶら下げながら、まーちゃんは文句を垂れている。

「チョキとパーずるいよね」

2着という微妙な結果を残した私も、ちょっとだけ文句を垂れてみる。

「でも楽しかったね」

縁石をあるきながらそういうみゆの足取りは軽く、本当にたのしそうだった。

「令和最初の楽しい思い出かもね」

自分で言っておいて、ちょっとだけ泣きそうになってしまった。令和ははじまったばかりだし、私たちだってまだ20代。恋愛経験だって豊富とは言えないだろう。でも一つ一つの、恋愛が大切で時には立ち止まったり、大股で進めたりまだまだ長い人生をスタートしたばかりなのだ。グリコみたいに、勝っても3つしか進めなかったり、勝ち続けても急に止まって追い越されたりすることもあるだろう。でも、この3人でいればちゃんとゴールできる気がしていた。

元号が変わっても、学年が変わっても、季節が変わっても、仕事を変えても、住む場所を変えても、私たちは相手を変えたり変えなかったりしながら何度でも恋愛で涙を流していた。そして一緒に笑ってくれる友達がいる。

 

 

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この時のテーマは「実話をもとにした小説」でした。これは実話です。令和元年の夏は酒飲んでグリコしてました。自分の話は書いてないです。引っ越しをしたのも、まーちゃんもみゆも私の友達です。本人に怒られたら消します。ちなみにグリコは4人でやりました。削ってごめんね。ぐりこめちゃくちゃ楽しかったし、個人的にやっぱり「グリコ、パルコ、チ○コ平等説」が一番好きです。さすがに課題にかけなかったけど。

何が変わっても、成人して一緒にグリコできる友だちは大事にしたほうがいいと思います。